顔面神経麻痺の鍼(針)治療

顔面神経麻痺の原因と分別

 顔面神経麻痺は中枢性と末梢性に分類され、末梢性の大部分はベル麻痺とラムゼイ・ハント症候群です。

 ベル麻痺の原因は、単純ヘルペスウイルスⅠ型の再活性化によるものと考えられています。単純ヘルペスウイルスⅠ型は口の周囲に発症する口唇ヘルペスの原因となるウイルスです。幼少期に口唇ヘルペスを発症すると症状自体は治まりますが、ウイルスは体内に潜伏します。その後、再活性化することで神経炎や神経浮腫を引き起こし、神経の通り道で圧迫が生じる結果、二次的な神経損傷をきたして顔面神経麻痺が発症します。

 一方、ラムゼイ・ハント症候群は帯状疱疹ウイルスによって発症します。耳介の帯状疱疹、顔面神経麻痺、聴神経症状(めまい、難聴、耳鳴り)を主症状とし、「症候群」と呼ばれるように、聴神経症状を伴わない不全型や、三叉神経・舌咽神経などの障害を合併する場合もあり、その臨床像は多彩です。

 末梢性顔面神経麻痺では、半側顔面にわたる麻痺が特徴的であり、麻痺側の聴覚過敏(音が大きく響く)、涙腺や唾液腺の分泌低下、味覚障害などを伴うことがあります。

顔面神経麻痺の治療法

 当院では、顔面神経麻痺が疑われる場合、発症直後の迅速な病院受診を推奨しています。標準的な治療としては、ステロイド薬と抗ウイルス薬の併用(発症後3日以内の処置が望ましい)が行われます。

 標準治療を受けることで医学的な安心感が得られると考えられるため、受診を強くお勧めしています。

 ベル麻痺は無治療でも60〜70%の患者が完治するとされており、多くの方が治療の有無にかかわらず回復する可能性があります。しかし、重症例のベル麻痺やラムゼイ・ハント症候群では治癒率が低く、後遺症が残るリスクが高くなります。

 また、早期の治療が回復を促進することが知られているため、症状が出現した場合には速やかに治療を開始することが望ましいとされています。ただし、治療方針に関する考え方は近年変化しつつあります。

10年以上前の治療に対する考え方は「早く治す」でした。

 ・神経再生を促進させ、麻痺回復をはかる。

 ・低周波治療や強い筋収縮を伴うトレーニングをする。

 新しい考え方は「ゆっくり治す」です。

 ・神経再生を抑制する。

 ・治療目標は病的共同運動(後遺症)の予防、軽減、拘縮予防。

Warning

当院では顔面神経の迷入による過誤再支配を防ぐため、低周波電気治療は行いません。

 当院のような鍼灸院には、発症から数ヶ月〜1年が経過し、さまざまな症状が残った状態でご来院される方が多くいらっしゃいます。発症から6ヶ月以上経過していても治療効果は十分に期待できますが、1年を過ぎると徐々に改善が難しくなり、2年を経過すると症状改善の可能性はかなり低くなってしまいます。

 ただし、ここでいう「改善」とは、医学的・生理学的な意味での神経の再生や回復を指しています。発症から2年が経過すると、神経の再生はすでに終了しており、それ以降に新たな再生が起こることはありません。また、神経の混線(誤ってつながること)による後遺症が改善することも期待できません。

 一方で、顔のこわばり感やシワの深さなど、神経そのもの以外の要因によって現れる症状については、施術によって改善が見られる場合があります。発症から時間が経過している場合でも、「現在どのような症状が残っていてお困りなのか」を一度ご相談いただければと思います。


顔面神経麻痺の治癒過程

 損傷した神経は、一般的に1日あたり約1mmずつ再生すると言われています。

 頭蓋骨内のトンネル部分で神経が圧迫されていますので、その圧迫部位から、現在動かなくなっている筋肉の部位までの距離に応じて、回復には時間がかかります。たとえば、距離が10cmであれば、およそ100日必要という計算になります(実際には回復が始まるまでに2週間かかりますのでその分プラスされます)。

 神経の再生を妨げる要因を取り除きながら、焦らずゆっくりと回復をさせることが大切です。

 顔面神経麻痺の程度は、「柳原法」という評価法を用いて判定します。当院では、初診時および概ね月に1回のペースで再評価を行っております。発症時の症状が重度であるほど後遺症が残りやすく、一般的には下図のような経過をたどることが多いため、参考にしていただければと思います。

顔面神経麻痺の経過

 脱髄型〜2週間時点で20点以上あれば完全回復

 脱髄+軸索断裂型(ENoG≧40%)〜1ヶ月時点で20点あれば3ヶ月で完全回復

 脱髄+軸索断裂+神経断裂型(10<ENoG<40%)〜3ヶ月時点で20点であれば少し後遺症が残る

 神経断裂型(ENoG<10%)〜3ヶ月時点で10点以下であれば不完全な回復、明確な後遺症が残る

柳原法を用い概ね4週間経過時点で10点以下は回復も遅く、後遺症が残る可能性が高くなります。

 後遺症が残る可能性が高い場合には、積極的に治療を行うことが望ましいと思われます。

鍼治療は効果があるのか?

 12年ぶりに改訂された顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版において、1.鍼灸は麻痺の早期回復に効果はあるのか(急性期)? 2.鍼灸は後遺症の症状を軽減 させる効果があるのか(慢性期)?の2つについて推奨度が出され、両者とも“弱く推奨する”と今まで の“推奨しない”から大きく改訂されました。

 急性期の麻痺の回復や慢性期の拘縮やこわばり感などの後遺症の軽減に鍼治療は効果が期待できるSystematic Reviewがいくつか出されていること、その中でも特に後遺症を予防・軽減することで Quality of Lifeの向上に寄与することが示唆されています。

いつ頃から鍼治療を始めるか?

  発症直後から始められても問題ありません。

  来院される方が多いのは発症後2週間前後、数ヶ月経過後、半年以上経過後となります。 

  • 発症後2週間前後は、病院での初期治療(抗ウイルス薬やステロイドなど)が終了する時期にあたります。この初期治療が終わった段階では、顔のゆがみや動きもほとんど改善していなかったりすることがほとんどですが、医師からは「次回の診察は1ヶ月後」と告げられます。そのため、大きな不安を感じて来られる方が多くいらっしゃいます。実際、このタイミングでご来院されるケースが最も多く見られます。
  • 数カ月後〜軽症の方は治る時期ですのでまだ治らない為、不安になられる頃です。
  • 半年経過後〜医師から治療の終了を言い渡される頃になります。

どれくらいの頻度で治療をするか

 発症から4週間後に柳原法にて10点以上であれば週に1回、以下であれば2回をお勧めしております。施術料金は鍼灸・整体併用の局所治療を基本としております。中等度、重症の場合には治療回数が増えますので、健康保険を併用されることを勧めしております。

顔面神経麻痺の後遺症

 ・軽度

 顔がこわばる、顔を動かすと突っ張り感や痛みを感じる、目の乾き、かゆみを感じる、食事が食べにくい、顔の疲れを感じるといった症状があります。

 ・重度

 ・病的共同運動〜顔面神経麻痺が回復していく過程で神経がもとの部位とは別の部位に向かって再生してしまい、本人の意思とは別の部位が動いてしまう状態。

 例えばもとは口を閉じるための神経が眼の方に再生してしまい、口を閉じようとすると目が閉じてしまうことが起こります。

 ・拘縮

 ・ワニの涙〜食事の時に涙が出てしまいます。

 ・痙攣

 ・ラムゼイハント症候群の場合には、難聴、めまい、フワフワ感、耳鳴り、音がこもる、キンキンした音に聞こえるなどの症状が残ることがあります。

セルフケア

 当院では、鍼灸・整体治療に加え、日常での注意事項や表情筋へのマッサージや筋肉トレーニングなどのセルフケア方法の指導も行っております。

マッサージや筋肉トレーニングは適切な時期に適切な方法で行うことが非常に重要です。

  最近はYou Tubeなどを見てやられる方がありますが、不適切な時期に行うと、かえって症状を悪化させる可能性があります。

 発症直後〜1ヶ月

  押圧を主としたマッサージの指導、日常生活での注意事項の説明

  基本的には安静第一の時期です。

  動かない筋肉を一生懸命動かそうとする、マッサージする、硬い物を噛んで食べる、大笑いする等筋肉に負担がかかることは避けましょう。

 1ヶ月〜3ヶ月

  表情筋、頸部へのマッサージ、筋肉トレーニング、温罨法を指導

  筋肉を動かす練習を始めますが、ただ動かせば良いのではありませんので、注意点を丁寧に説明させて頂きます。

 3ヶ月以降

  ミラーバイオフィードバック法を指導

  

参考論文

顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版における鍼灸の役割と可能性

蛯子慶三,他:難治性の Hunt 症候群における鍼通電治療と置鍼治療の効果比較,日本東洋 医学雑誌,57(6),781-786,2006

蛯子慶三,他:難治性の Bell 麻痺および Hunt 症候群に対する鍼治療効果の検討―ENoG 値 0%でかつ NET スケールアウトであった 29 例の検討―,日本東洋医学雑誌,60(3),347-355, 2009

蛯子慶三,他:置鍼治療とリハビリテーションの併用が奏効した難治性 Hunt 症候群の 1 症 例,日本東洋医学雑誌,62(5),643-648,2011

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