顔面神経麻痺の鍼(針)治療
顔面神経麻痺の原因と分別
顔面神経麻痺は中枢性と末梢性に分けられ、末梢性のほとんどがベル麻痺とラムゼイハント症候群になります。
ベル麻痺の原因は単純ヘルペスウィルスⅠ型の再活性化と言われます。単純ヘルペスウィルスⅠ型というのは口の周りにできるヘルペスです。子供の頃口唇ヘルペスを患い、症状は治りますがそのウィルスが身体の中でで潜んでいます。このウィルスが再活性化(もう一度元気になる)、神経炎や神経浮腫を引き起こし、神経通路で神経が圧迫されることによって二次的に神経損傷が生じ、顔面神経が麻痺します。
一方、ラムゼイハント症候群は帯状疱疹のウィルスによって引き起こされます。
末梢性の顔面神経麻痺では、半側顔面に広がる麻痺が見られ、麻痺側の聴覚過敏(音が大きく聞こえる)、涙腺や唾液腺の分泌低下、または味覚障害が起こることがあります。
顔面神経麻痺の治療法
当院では、顔面神経麻痺が疑われる場合、発症直後に迅速な病院受診をお勧めしています。標準的な治療としては、ステロイド薬と抗ウイルス薬の併用が行われます。
標準治療を受けることで安心感が得られると考えており、受診を推奨しています。
ベル麻痺は無治療でも60〜70%の患者が完治するとされ、多くの人が治療の有無にかかわらず回復する可能性があります。しかし、重症のベル麻痺やラムゼイ・ハント症候群の場合、治癒率が低く、後遺症が残る確率が高くなります。
早期の治療が回復を促進することが知られているため、症状が現れた場合は速やかに治療を受けることが望ましいです。ただし、治療に対する考え方は変化しつつあります。
10年以上前の治療に対する考え方は「早く治す」でした。
・神経再生を促進させ、麻痺回復をはかる。
・低周波治療や強い筋収縮を伴うトレーニングをする。
新しい考え方は「ゆっくり治す」です。
・神経再生を抑制する。
・治療目標は病的共同運動(後遺症)の予防、軽減。
当院のような鍼灸院には、発症から数ヶ月〜1年が経過し、さまざまな症状が残った状態でご来院される方が多くいらっしゃいます。発症から6ヶ月以上経過していても、後遺症に対する治療効果は十分に期待できますが、1年を過ぎると徐々に改善が難しくなり、2年を経過すると、症状の改善が見込める可能性はかなり低くなってしまいます。
ただし、ここでの「改善」とは、医学的・生理学的な意味での神経の再生や回復を指しています。発症から2年が経過すると、神経の再生はすでに完了しており、それ以降に新たに神経が再生することはありません。また、神経の混迷による後遺症が改善することも期待できません。
しかしながら、たとえば顔のこわばり感やシワの深さなど、神経以外の要因によって現れる症状については、施術により改善が見られることもあります。発症から時間が経っている場合でも、「今どのような症状が残っていてお困りなのか?」を一度ご相談いただければと思います。
顔面神経麻痺の治癒過程
顔面神経麻痺の程度は、「柳原法」という評価法を用いて判定します。当院では、初診時および概ね月に1回のペースで再評価を行っております。発症時の症状が重度であるほど後遺症が残りやすく、一般的には下図のような経過をたどることが多いため、参考にしていただければと思います。

脱髄型〜2週間時点で20点以上あれば完全回復
脱髄+軸索断裂型〜1ヶ月時点で20点あれば3ヶ月で完全回復
脱髄+軸索断裂+神経断裂型〜3ヶ月時点で20点であれば少し後遺症が残る
神経断裂型〜3ヶ月時点で10点以下であれば不完全な回復、明確な後遺症が残る
柳原法を用い概ね4週間経過時点で10点以下は回復も遅く、後遺症が残る可能性が高くなります。
後遺症が残る可能性が高い場合には、積極的に治療を行うことが望ましいと思われます。
鍼治療は効果があるのか?
12年ぶりに改訂された顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版において、1.鍼灸は麻痺の早期回復に効果はあるのか(急性期)? 2.鍼灸は後遺症の症状を軽減 させる効果があるのか(慢性期)?の2つについて推奨度が出され、両者とも“弱く推奨する”と今まで の“推奨しない”から大きく改訂されました。
急性期の麻痺の回復や慢性期の拘縮やこわばり感などの後遺症の軽減に鍼治療は効果が期待できるSystematic Reviewがいくつか出されていること、その中でも特に後遺症を予防・軽減することで Quality of Lifeの向上に寄与することが示唆されています。
いつ頃から鍼治療を始めるか?
発症直後から始められても問題ありません。
来院される方が多いのは発症後2週間前後、数ヶ月経過後、半年以上経過後となります。
- 発症後2週間前後は、病院での初期治療(抗ウイルス薬やステロイドなど)が終了する時期にあたります。この初期治療が終わった段階では、顔のゆがみや動きもほとんど改善していなかったりすることがほとんどですが、医師からは「次回の診察は1ヶ月後」と告げられます。そのため、大きな不安を感じて来られる方が多くいらっしゃいます。実際、このタイミングでご来院されるケースが最も多く見られます。
- 数カ月後〜軽症の方は治る時期ですのでまだ治らない為、不安になられる頃です。
- 半年経過後〜医師から治療の終了を言い渡される頃になります。
どれくらいの頻度で治療をするか?
発症から4週間後に柳原法にて10点以上であれば週に1回、以下であれば2回をお勧めしております。施術料金は鍼灸・整体併用の局所治療を基本としております。中等度、重症の場合には治療回数が増えますので、健康保険を併用されることを勧めしております。
顔面神経麻痺の後遺症
・軽度
顔がこわばる、顔を動かすと突っ張り感や痛みを感じる、目の乾き、かゆみを感じる、食事が食べにくい、顔の疲れを感じるといった症状があります。
・重度
・病的共同運動〜顔面神経麻痺が回復していく過程で神経がもとの部位とは別の部位に向かって再生してしまい、本人の意思とは別の部位が動いてしまう状態。
例えばもとは口を閉じるための神経が眼の方に再生してしまい、口を閉じようとすると目が閉じてしまうことが起こります。
・拘縮
・ワニの涙〜食事の時に涙が出てしまいます。
・痙攣
セルフケア
当院では、鍼灸・整体治療に加え、日常での注意事項や表情筋へのマッサージや筋肉トレーニングなどのセルフケア方法の指導も行っております。
マッサージや筋肉トレーニングは適切な時期に適切な方法で行うことが非常に重要です。
最近はYou Tubeなどを見てやられる方がありますが、不適切な時期に行うと、かえって症状を悪化させる可能性があります。
発症直後〜1ヶ月
押圧を主としたマッサージの指導、日常生活での注意事項の説明
1ヶ月〜3ヶ月
表情筋、頸部へのマッサージ、筋肉トレーニング、温罨法を指導
3ヶ月以降
ミラーバイオフィードバック法を指導
参考論文
顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版における鍼灸の役割と可能性
蛯子慶三,他:難治性の Hunt 症候群における鍼通電治療と置鍼治療の効果比較,日本東洋 医学雑誌,57(6),781-786,2006
蛯子慶三,他:置鍼治療とリハビリテーションの併用が奏効した難治性 Hunt 症候群の 1 症 例,日本東洋医学雑誌,62(5),643-648,2011